麴町一丁目町会
麹町出張所地区連合町会70周年、心からお祝い申し上げます。
麹町一丁目町会は、戦後、麹町一・二・三丁目で構成されていた町会組織から独立して、新たな名称になって現在に至っております。
初代町会長は士師野幸一氏、第2代は寺田治郎作氏、第3代は石井藤蔵氏、第4代は石川吉正氏、第5代は石田謙二氏、第6代は安達保俊氏、そして第7代は私、岡田光一郎と続いて来ました。
麹町一丁目町会には、麹町警察署と麹町消防署とがあり、麹町一丁目の居住者の方や勤務されている方の安心・安全を担っていただいていると心強く感じております。
「明治40年1月調査東京市麹町區全圖」を見ますと、現在の麹町一丁目区域は「麹町」と言う地名の外に「元園町」及び「山本町(のちの山元町)」と言う町名で構成されていました。この頃には「路面電車(東京市街鉄道)」が開業しており、麹町區役所、麹町警察署、麹町郵便局、電燈會社、現在の千鳥ケ淵公園(皇居側)に消防分署がありました。又、「山本町」(現在の「東京FM」のところ)には日本中学校がありました。ウェブサイトによりますと、この学校は現在の日本学園中学校・高等学校(今年4月から「明治大学付属世田谷中学校・高等学校」に校名変更)で、明治25年(1892年)から大正5年(1916年)までこの地にあったそうです。
また、当町会には麹町太田姫稲荷神社が祀られております。確証はありませんが「昭和初期に当時の町会役員6人が、神田駿河台一丁目にあります太田姫稲荷神社の分社とし、当所に遷座した」と言われております。神田駿河台一丁目にあります太田姫稲荷神社は室町時代、太田道灌の娘が当時流行した天然痘を病み、薬石効無く一日一日と悪化の道を辿りつつあったとき、友人に「山城国一口の里にある稲荷神社に祈願しなさい」と言われ、道灌はこの一口稲荷を崇敬、感謝の念で伏見より勧進し、江戸城にお祀りしたもので、時は長禄元年(1457年)の頃であったと言われています。その後、徳川家康が江戸に入府し、江戸城改築の際に、太田姫稲荷神社は神田川のほとりに遷座され、駿河台の淡路坂(一口坂)等への変遷を経て現在の地に鎮座されております。
麹町一丁目町会の行事は、1月に新年会、3月に新1年生へのお祝い、5月に総会、隔年ごとの6月に日枝神社「山王祭」への参加、7月に靖國神社「みたままつり」への参加、8月に麹町納涼子ども会への参加、9月の敬老の日に該当する高齢者へ記念品の贈呈、10月に千代田区民体育大会への参加及びレクリエーションの開催を実施しております。
最後に、今後とも麹町出張所地区連合町会のなお一層のご発展を祈念いたします。



町会長

町会長 岡田 光一郎
歴代町会長
| 7代 | 岡田 光一郎 | 令和元年~ |
| 6代 | 安達 保俊 | 平成8年~令和元年 |
| 5代 | 石田 謙二 | 平成6年~8年 |
| 4代 | 石川 吉正 | 昭和62年~平成6年 |
| 3代 | 石井 藤蔵 | 昭和44年~62年 |
| 2代 | 寺田 治郎作 | 昭和32年~44年 |
| 初代 | 士師野 幸一 | 昭和26年~32年 |