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二番町町会

歴代町会長

町会長 諸 亨
町会長 諸  享(もろ とおる) 平成29年〜
8代 諸 享 : 平成29年〜
町会長代行 諸 享 : 平成28年〜平成29年
7代
佐野 武 : 平成17年〜28年
6代
土師野 勇 : 平成15年〜17年
5代
國友 修汎 : 平成12年〜15年
4代
松澤 猛 : 昭和55年〜平成12年
3代
西郷 之厚 : 昭和52年〜55年
2代
清水 善次 : 昭和34年〜52年
初代
山本 勝 : 昭和26年〜34年
     
     

半てんも新調して町内勢揃い
半てんも新調して町内勢揃い
山王祭でのお神酒所前で
山王祭でのお神酒所前で

町会の歩み

<連合町会創立50周年記念誌より転載> 

戦後旧町会と隣組が廃止されました。しかし、物資の配給や町会内の衛生対策等で世話人が必要となり数名の方がこの役を担いました。次第に町の人にも落着きがでてくると、お世話をしていた山本勝、桑田平太郎、加園富之助氏等が寄り集まって町会の再建を目指すことになり、初代会長に山本氏、桑田、加園両氏が副会長に就任して、戦後の二番町町会が発足しました。
 粋人の通称山勝町会長の下、祭りごとを取り入れ、昭和三十年に山車を、三十一年に御輿、翌三十二年には獅子頭と次々に新調して町内の祭典を盛上げ、日枝神社の祭礼にも積極的に奉賛し、現在の町内祭典の基礎造りができました。
 昭和三十四年、第二代目の町会長に清水善次氏が就任しました。清水さんを始め、漆原喜兵衛、大熊太郎両副会長は宮家、政財界の名家御用達の職業の役員さん達で、二番町町会はますます江戸の粋を醸し出す町会となりました。
 しかし、町会の中も変貌も遂げています。お屋敷と民家の街並に、昭和二十八年に民放第一号の日本テレビ放送網が開設され、出現したテレビ塔のエレベーターの前には長蛇の列ができ、我が町は近年の情報発信基地となるとともに、ベルギー・イスラエルの二大使館や表・裏両千家の東京出張所も開設し国際的文化的な町となりました。
 昭和五十二年第三代町会長に現在の名誉会長西郷之厚氏が就任して、町会規約の改正、事務局の設置等を実施し、町会の組織化と基盤整備が行われました。
 昭和五十五年第四代町会長に松澤猛氏が就任し、翌五十六年一月十二日に町会の創立三十周年記念式典が開催され、國友喜太郎・小高敏雄副会長や町会有志の協力を得て御輿を新調しました。
 日本テレビ通り振興会長を兼ねていた松澤氏は、日テレ通りの電線の地中化・歩道のカラー舗装や街灯の設置等を実施して二番町の明るい街造りが行われました。
 一時は交通事情などで縮小していた山王祭も次第に復活し、婦人部の協力で祭礼の時には子供会が開催され、青年部に野球チームやゴルフ会が発足すると、女性や若い会員の参加も増えてきました。
 平成十二年松澤会長の逝去により、第五代町会長に國友修汎氏が就任し、青年部や婦人部の活動も活発化して、餅つき大会や忘年会の開催、昭和五十三年からの日テレ通り盆踊り大会の夜店等も出店し、会員の結束も深まりました。また諸般の事情で転々としていた御神等の祭具の置場を三菱地所さんのご協力を得て解決し永年の会員の不安を解消することができました。
 平成十五年國友町会長の急逝で、第六代町会長に土師野勇氏が就任、近年の番町地区の町会共通する少子化や町会役員の減少等の悩み解消のため、近隣町会長と相談し、番町町会の連合による餅つき大会の開催、祭礼の際の連合渡御を実施するとともに、町会では各部長が副会長として活躍する協力体制で責任分担と負担の軽減を図りました。

平成十七年四月に第七代町会長を拝命した私は歴代の町会長が残した二番町町会の伝統を守り、後世に引き継がなければならないと思っています。有力な事業所も多く、また近年急激にマンションも増えてきました。事業所の方や新しい住人の皆様にもご理解とご協力をいただきながら、明るく安全な町づくりを目指して参ります。